いま起きていること
日本で採れる昆布の9割以上が北海道産です。そのうちの約3割が函館産で、函館の昆布のおよそ7割が、この南茅部で水揚げされています。
「日本の昆布の、およそ5本に1本がこの浜のものです。」
しかしここ数年、想像より早いスピードで海の様子が変わってきました。
天然の昆布はすでに激減して、南茅部でも、天然の真昆布の漁は3年続けて中止になりました。
天然が減れば、そこから採る種苗も採れなくなります。いまこの浜の水揚げは9割が養殖ですが、このままこの海の変化が続くと、その養殖すらも続けられなくなります。
それに加え、この日本一の昆布の産地でも漁師の高齢化が進み、既にこの10年で、収穫量は3分の1になっています。
出典:函館市「昆布の里」および函館市「函館真昆布」(北海道・函館・南茅部の割合、生産量・生産額とも日本一)/北海道新聞(天然マコンブ漁3年連続中止)/函館市・南かやべ漁業協同組合(養殖の割合、種苗への影響)/収穫量は大坂さんへの聞き取りによります。
大坂さんの言葉
数年前、天然の昆布の種苗が一切採れない時期がありました。種の収穫時期が遅れ、季節のスケジュールもあって昆布の成長を待てないまま採らなければならない時もあり、本当に危機感でいっぱいでした。
野菜は輸入もできますし、ハウスを建てることもできますが、海のものは代替も効かず、育成の工夫にも限界があります。
日本人の大事な和食から昆布がなくなるという事実に、もう少し危機感を持っていただきたいと思っています。
このプロジェクトについて
理由は、海のなかだけにありません。昆布漁は人の手でやる仕事なので、町から人が減れば昆布漁も減ります。
この昆布が採れるのは、函館市の東、噴火湾に面した南茅部という地区です。
山が海に迫っていて、平地はほとんどありません。
ここには9000年前から人が住んでいます。縄文の集落があり、世界文化遺産の遺跡があり、北海道で唯一の国宝である中空土偶「茅空(カックウ)」が出たのも、この地区の尾札部町です。
それだけ長く暮らせたのは、海が豊かだったからです。
その暮らしを支えてきたのが昆布漁でした。
家族総出の仕事で、子どもも手伝います。早い子は幼稚園から。
だから町から人が減ると、漁の手も同時に減ります。
浜で昆布を採っているのは、70代から80代が中心です。
函館市は2014年、全国の中核市で初めて市内全域が過疎地域に指定されました。
人手が足りなければ、手のかかる仕事から先に落ちます。のし昆布が減ったのには、そういう背景もあります。
昆布漁が続かなくなれば、町から仕事がなくなり、人が居なくなります。
この町での暮らしが続かなくなれば、献上昆布も終わります。
出典:函館市(過疎地域の指定、縄文遺跡)/担い手は大坂さんへの聞き取りによります。
歴史
真昆布は函館周辺の沿岸で採れる昆布です。
同じ真昆布でも、採れる浜によって3つの銘柄に分かれ、道南三銘柄と呼ばれています。
南茅部から銚子岬までが「白口浜」、そこから汐首岬までが「黒口浜」、汐首岬から函館山までが「本場折浜」。
私が漁をしている南茅部は「白口浜」です。
多くの河川から栄養塩やミネラルが流れ込み、寒流と暖流の両方が入ってくる海です。
ここで育つ昆布は身が厚く、切り口が白い。上品な味と、澄んだ色の出汁が取れます。
江戸期に松前藩が朝廷や将軍家へ上納していたことから「献上昆布」と呼ばれています。
江戸幕府の蝦夷地調査報告『蝦夷嶋奇観』には、この昆布が「天下昆布」「昆布の絶品」と記されています。
同じ書物に「菓子昆布」の記述もあります。
そのまま食べても甘みがあるため、宮廷や将軍家ではお菓子としても珍重されていたようです。
1936年(昭和11年)には、昭和天皇の北海道行幸に際して、尾札部漁業協同組合が元揃昆布の上納を命じられました。
村中を挙げて謹製に奉仕し、大役を果たした、と町史にあります。
上質な出汁を取る昆布、おぼろ昆布やとろろ昆布の原料としては、真昆布が使われます。
なかでも白口浜は最上級とされ、大阪や京都の料亭が使ってきました。
白口浜がなくなると、上質な出汁を取る昆布と、おぼろ昆布・とろろ昆布の原料がなくなります。
出典:函館市「函館真昆布」(函館マリカルチャープロジェクト)/北海道渡島総合振興局/南茅部町史写真集/京都昆布販売
白口浜という呼び名は、北前船の時代から使われています。
他の産地のものと区別して、上浜ものと呼ばれてきました。
江戸時代、大型化した北前船が、下関を経由して大阪まで直行する航路を開きます。
蝦夷地の昆布が大量に届くようになり、大阪と堺が昆布の集積地になりました。
このとき食の台所大阪では真昆布が選ばれ、濃厚な旨みの出汁が大阪の味の土台になります。
鹿児島から届く鰹節と出合って合わせ出汁が生まれたのも大阪でした。
600年の伝統を持つ堺の包丁を背景に、おぼろ昆布やとろろ昆布の加工技術が発達し、塩昆布とともに大阪の名産になります。
大正から昭和初期には、150軒あまりの昆布加工業者が集まる一大産地になりました。
いまも同じく、南茅部で生産された昆布の大半は、関西・北陸方面へ出荷されます。
出典:関西広域連合/大阪観光局/函館市「函館真昆布」/南かやべ漁業協同組合
昆布のこと
私が漁をしている南茅部は養殖昆布が初めて成功した場所です。
いま私がやっているのも養殖昆布です。昆布の養殖は天然の昆布から種苗を採ってきて育てます。
なので、天然の昆布がないと養殖昆布も採ることはできません。
種苗は生き物です。野菜の種のように保存はできません。水のなかをうようよ動いてロープに着いて、そこから育ちます。
改良も、遺伝子組み換えもできません。
養殖と聞いて一歩下がる方もいらっしゃいますが、天然の昆布を手助けしているだけなのです。
南かやべ漁協は、全国に先駆けて1960年代後半から養殖に取り組みました。
昭和41年に北海道区水産研究所の指導のもとで1年ものの促成養殖に成功し、昭和44年から本格的な事業が始まっています。
平成16年度の生産量は、天然が約622トン、養殖が約2,446トン。
いまこの浜で採れている昆布の大半は養殖です。
そもそも昆布はもとは1種類だそうです。
利尻昆布、日高昆布、羅臼昆布、真昆布と名前が分かれていますが、海の栄養の状態によってその昆布になり、あとから名前がついているだけだと聞いています。
ここの海で採れるから、真昆布。羅臼で採れるから、羅臼昆布。海の状態にそのまま左右されています。
漁の一日
7月1日、日付が変わると同時に漁が解禁されます。
午前3時。昆布漁は真っ暗な時間から始まります。
岸壁にトラックを停め、沖から運んできた昆布をクレーンで引き上げます。上げたそばから、ガニ足と呼ばれる根を切り落としていきます。
作業小屋では、洗浄機で汚れを落とし、一本ずつ乾燥室に吊るします。その数900本以上。吊るし終えるまでに1時間半かかります。そこから11時間、乾燥させます。
待っている時間はありません。乾燥機に火を入れたら、また港へ戻ります。沖へ出て、翌朝ぶんの昆布を運んでおきます。
夕方4時、乾燥室から昆布を外します。90センチに切り揃えて、2階に保管します。終わるのは午後6時半過ぎ。それから翌日の準備をします。
これをお盆過ぎまで、毎日繰り返します。
乾燥機があるので、よほどの時化でないかぎり、天気に関係なく漁に出られます。休む日はありません。
出典:北海道漁業協同組合連合会「浜通信 ひと・くらし」南かやべ漁協 函館市臼尻町 白口浜真昆布漁(2015年7月)
昆布は1つの根から100本ほど生えます。私はそこから8本まで落として水揚げします。
多くの人は一度で落としますが、私はまず12本に落として、もう一度回ってきて8本にします。
年に2回、他の人の倍の手間をかけています。そのほうがいい昆布になるからです。
間引きは、この産地の技術でもあります。
北海道の資料にも、南かやべ漁協が小まめに間引きを行い、栄養分や日光をまんべんなく昆布に行き渡らせることで、品質の良い昆布を全国に安定して供給している、と書かれています。
仕上げ
昆布の仕上げ方は大きく2つに分かれます。
1つは棒昆布。出汁に使うもので、干して選別して出します。
もう1つがのし昆布です。
のし昆布は、その棒昆布をスチームサウナのような機械に入れて蒸し揚げ、プレスして平らにしたものです。
削るとピラピラになって、朧昆布やとろろ昆布になります。
昆布屋や和食の店から「のし昆布がほしい」という声は、いまも届き続けています。
ただ、棒昆布がいま高く売れています。干して選別して出すだけで済むので、手をかけてのし昆布を作る理由が薄くなり、作る人が減りました。
人手
夏の繁忙期は人手が足りません。いまは「おてつたび」という仕組みで、2025年の繁忙期から来ていただいています。
こちらからお願いしているのに「採用してくれてありがとう」と言われたことには驚きました。年齢を理由に断られることが続いていた方で、そういう方にも門戸が開いているのだと思うと、こちらのほうが嬉しくなりました。
東京で疲れていた方が、南茅部に滞在しているうちに別人のように変わっていくのも見ました。
田舎というのはすごいのかもしれません。
3時間の作業でもこちらは大いに助かります。
夏はこれからも毎年誰かしらに来ていただきたい。
来てくださった方とのつながりも続けていきたいと考えています。
来ていただくなら
函館には山から見下ろす夜景があります。
五稜郭の堀、朝市、元町の坂道と教会、赤レンガの倉庫、湯の川の温泉。空港からも近く、1日では回りきれません。
そこから車で山道を40分ほど。同じ函館市内ですが山を1つ越えます。
峠を下りると海に出ます。そこが南茅部です。
函館に泊まって朝に出れば昼前には浜に着きます。
大船遺跡と垣ノ島遺跡は、2021年に世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産になりました。
遺跡はいま草地の公園になっています。竪穴住居の跡に立つと、木立の向こうに海が見えます。
草を食べている鹿と行き合うこともあります。
噴火湾という名のとおり、すぐそばには火山が見えます。その火山のおかげで温泉があります。
川汲温泉は山あいの川沿いに、大船上の湯温泉は遺跡のすぐ近くに。
どちらも日帰りで入れます。
出典:函館市/函館市縄文文化交流センター/函館国際観光コンベンション協会
農家にはスポットが当たりますが、漁師にはあまり当たりません。
知ってもらう機会が少なすぎます。
一番早いのは来ていただくことです。
一度来ていただければ、きっとファンになる。それくらいの衝撃はあるはずです。
周りの漁師とも一緒になって、外に向けて出していきたい。
これまでのやり方だけではもうやっていけないと考えています。
こちらが美味しいと言っても伝わりません。飲んでいただくのが一番早いです。
お届けするのは、こういう昆布です。
せっかく高いお金をかけて、体にいいもの、美味しいものを召し上がるのなら、より良いものを。
昆布は乾かしてしまえば長く置けます。急いで使わなくても構いません。
買う人がいれば、来年も海に出られます。
この浜で昆布漁が続くというのは、そういうことです。
300年、この浜の昆布は最上のものとして扱われてきました。その昆布を、混ぜずにそのままお届けできるうちに、知っていただきたいと思っています。
クラウドファンディングは10月15日から。開始のお知らせは公式LINEでお送りします。